以下に、本発明の好ましい実施形態を、図面を用いて詳細に説明する。これらの実施形態に記載されている構成部材の寸法、材質、形状、その相対配置などは、この発明の範囲を限定する趣旨のものではない。
図3(a)、図3(b)は本発明の透過型ターゲットを備えた放射線発生管、および、放射線発生装置のそれぞれの構成例を示した断面図である。
<放射線発生管>
図3(a)には、電子放出源3と電子放出源3に離間して対向する透過型ターゲット9(以降、本願明細書においては、透過型ターゲットをターゲットと称す)とを備えた透過型の放射線発生管102の実施形態が示されている。
本実施形態では、電子放出源3が備える電子放出部2から放出された電子線5を、ターゲット9のターゲット層42に衝突させることにより放射線束11を発生させる。
なお、電子線5に含まれる電子は、電子放出源3とターゲット層42との間の加速電界により、放射線を発生させるのに必要な入射エネルギーまで加速される。かかる加速電界は、管電圧Vaを出力する駆動回路103と、前記駆動回路に電気的に接続された陰極と、陽極とにより、放射線発生管102の内部空間13に形成される。即ち、駆動回路103から出力される管電圧Vaは、ターゲット層42と電子放出部2との間に印加される。
本実施形態において、ターゲット9は、図3に示すように、ターゲット層42、及びターゲット層42を支持するダイアモンド基材41とから構成される。ターゲットユニット51は、ターゲット9と陽極部材49とを少なくとも備え、放射線発生管102の陽極として機能する。
なお、ターゲット9およびターゲットユニット51についての詳細な実施形態については後述する。
放射線発生管102の内部空間13は、電子線5の平均自由行程の確保を目的として、真空雰囲気となっている。放射線発生管102の内部の真空度は、10−8Pa以上10−4Pa以下であることが好ましく、電子放出源3の寿命の観点からは、10−8Pa以上10−6Pa以下であることがより一層好ましい。
放射線発生管102内部の減圧は、不図示の排気管を介して不図示の真空ポンプで真空排気した後、かかる排気管を封止する方法をとることが可能である。また、放射線発生管102の内部には、真空度の維持を目的として、不図示のゲッターを配置しても良い。
放射線発生管102は、陰極電位に規定される電子放出源3と、陽極電位に規定されるターゲット層42との間の電気的絶縁を図る目的において、その胴部に絶縁管110を備えている。絶縁管110は、ガラス材料やセラミクス材料等の絶縁性材料で構成される。本実施形態においては、絶縁管110は、電子放出源3とターゲット層42との間隔を規定する機能を有している。
放射線発生管102は、かかる真空度を維持するための気密性と耐大気圧強度とを備える外囲器から構成されることが好ましい。本実施形態においては、外囲器は、絶縁管110と、電子放出源3を備えた陰極と、ターゲットユニット51を備えた陽極とから構成されており、電子放出部2およびターゲット層42は、それぞれ、前記外囲器の内部空間13または内面に配置されている。
なお、本実施形態では、ダイアモンド基材41は、ターゲット層42で発生した放射線を放射線発生管102の外に取り出すための透過窓の役割を担うとともに、外囲器を構成する部材としての役割も有している。
なお、電子放出源3は、ターゲット9が備えるターゲット層42に対向して設けられている。電子放出源3としては、例えばタングステンフィラメント、含浸型カソードのような熱陰極や、カーボンナノチューブ等の冷陰極を用いることができる。電子放出源3は、電子線5のビーム径および電子電流密度、オン・オフタイミング等の制御を目的として、不図示のグリッド電極、静電レンズ電極を備えることが可能である。
<放射線発生装置>
図3(b)には、放射線束11を放射線透過窓121からX線を放出する放射線発生装置101の実施形態が示されている。本実施形態の放射線発生装置101は、放射線透過窓121を有する収納容器120内に、放射線源である放射線発生管102、および、放射線発生管102を駆動するための駆動回路103を有している。
図3(b)に記載の駆動回路103により、ターゲット層42と電子放出部2との間に管電圧Vaが供給される。ターゲット層42の層厚と含有するターゲット金属種と対応して、管電圧Vaを適宜選択することにより、必要な線種を発生する放射線発生装置101とすることができる。
放射線発生管102及び駆動回路103を収納する収納容器120は、容器としての十分な強度を有し、かつ放熱性に優れたものが望ましく、その構成材料としは、例えば真鍮、鉄、ステンレス等の金属材料が用いられる。
本実施形態においては、収納容器120内の内部の放射線発生管102と駆動回路103以外の余空間43には、絶縁性液体109が充填されている。絶縁性液体109は、電気絶縁性を有する液体で、収納容器120の内部の電気的絶縁性を維持する役割と、放射線発生管102の冷却媒体としての役割とを有する。絶縁性液体109としては、鉱油、シリコーン油、パーフロオロ系オイル等の電気絶縁油を用いるのが好ましい。
<放射線撮影装置>
次に、図3(c)を用いて、本発明のターゲットを備える放射線撮影装置の構成例について説明する。
システム制御ユニット202は、放射線発生装置101と放射線検出器206とを統合制御する。駆動回路103は、システム制御ユニット202による制御の下に、放射線発生管102に各種の制御信号を出力する。駆動回路103は、放射線発生装置101が備える、本実施形態においては、収納容器120の内部に放射線発生管102とともに収納されているが、収納容器120の外部に配置しても良い。駆動回路103が出力する制御信号により、放射線発生装置101から放出される放射線束11の放出状態が制御される。
放射線発生装置101から放出された放射線束11は、可動絞りを備えた不図示のコリメータユニットによりその照射範囲を調整されて放射線発生装置101の外部に放出され、被検体204を透過して検出器206で検出される。検出器206は、検出した放射線を画像信号に変換して信号処理部205に出力する。
信号処理部205は、システム制御ユニット202による制御の下に、画像信号に所定の信号処理を施し、処理された画像信号をシステム制御ユニット202に出力する。
システム制御ユニット202は、処理された画像信号に基づいて、表示装置203に画像を表示させるための表示信号を表示装置203に出力する。
表示装置203は、表示信号に基づく画像を、被検体204の撮影画像としてスクリーンに表示する。
本発明に関わる放射線の代表例はX線であり、本発明の放射線発生装置101と放射線撮影装置は、X線発生ユニットとX線撮影システムとして利用することができる。X線撮影システムは、工業製品の非破壊検査や人体や動物の病理診断に用いることができる。
<ターゲット>
次に、本発明の特徴であるターゲットの基本的な実施形態の構造と動作状態について、図1(a)、(b)を用いて説明する。
図1(a)に図示した実施形態においては、ターゲット9は、ターゲット金属を含有するターゲット層42と、ターゲット層42を支持するダイアモンド基材41とを少なくとも備える。ダイアモンド基材41はsp3結合から構成される領域46を備えている。また、ターゲット層42は、ダイアモンド基材41の側において、sp2結合を有する炭素含有領域45に接続されている部分を有している。本願明細書においては、図1(a)に記載のターゲット9を、第1の実施形態と称する。
図1(b)は、図1(a)に図示したターゲット9の動作状態を示している。ターゲット層42の一方の面で電子線5の照射を受けることにより放射状に放射線を放出する。本発明のターゲット9は、ターゲット層42から放出された放射線のうち、ダイアモンド基材41の基材厚方向に透過した成分の一部を、不図示のコリメータ等により選択した放射線束11として取出す透過型のターゲットである。
ダイアモンド基材41は、天然ダイアモンド、化学的気相蒸着法(CVD法)、高温高圧合成法等の合成ダイアモンドのいずれを適用することが可能である。ターゲットの動作特性の管理の観点からは、耐熱性、熱伝導性等の物性値が均質な合成ダイアモンドが好ましく、特に耐熱性の観点からは、高温高圧合成法による合成ダイアモンドとすることが好ましい。
ダイアモンド基材41の基材厚は、0.1mmから10mmとすることにより、基材の基材厚方向の熱伝達性と放射線透過性とを両立することが可能となる。また、ダイアモンド基材41は、単結晶ダイアモンド、多結晶ダイアモンドのいずれもでもよいが、熱伝導性の観点からは、単結晶ダイアモンドが好ましい形態である。さらに、ダイアモンド基材41は、窒素を、2ppmから800ppmの範囲で含有していることにより耐衝撃性が向上するので、本発明の透過型ターゲット9を適用可能な放射線発生装置の可搬性を向上可能な点で好ましい形態である。
ターゲット層42は、高い原子番号、高融点、高比重の金属元素を、ターゲット金属として含有する。ターゲット金属は、ダイアモンド基材41との親和性の観点からは、炭化物の標準生成自由エネルギーが負を呈するタンタル、モリブデン、タングステンの群から少なくとも1種選択された金属とすることが好ましい。ターゲット金属は、単一組成または合金組成の純金属であっても良いし、当該金属の炭化物、窒化物、酸窒化物等の金属化合物であっても良い。
なお、ターゲット層42の層厚は、1μm以上20μm以下の範囲から選択される。ターゲット層42の層厚の下限と上限は、それぞれ、放射線出力強度の確保、界面応力の低減の観点から定められ、1.5μm以上12μm以下の範囲とすることが、より好ましい。
次に、炭素含有領域45の厚さについて説明する。炭素含有領域45のターゲット層42の層厚方向における厚さは、ターゲット層42の層厚の0.005倍以上0.1倍以下とすることが好ましい。炭素含有領域45の厚さの下限は、応力緩和作用を発現に基づいて決定され、より好ましくは、50nm以上あれば良い。一方、炭素含有領域45の厚さの上限は、ターゲット9の耐熱性の観点に基づいて決定され、より好ましくは、500nm以下であれば良い。
本実施形態においては、炭素含有領域45は、sp3結合から構成されるダイアモンド基材41のうち、その表面近傍が熱的に構造変化を受けてsp2結合に変性された領域である。言い換えると、本実施形態においては、炭素含有領域45は、ダイアモンド基材41を構成する部分である。
また、本願明細書において、炭素含有領域45とは、σ結合とπ結合とによるsp2混成軌道によって炭素原子同士が結合している領域を意味し、炭素の二重結合を有している領域を意味する。従って、π電子共役系、芳香族系の炭素化合物に見られる所謂1.5重結合は、50%の二重結合濃度を有している状態に相当する。
sp3結合のみから構成されるダイアモンドは、共有結合性の立方晶構造に起因して、高い弾性係数、高い硬度、高い熱伝導性を備える。一方、ダイアモンドの同素体であるグラファイトは、層状の六方晶構造で、層内の炭素同士の結合はsp2混成軌道を形成している。グラファイトの層内では共有結合を有し炭素−炭素間の結合力は比較的強いが、層間はファンデルワールス結合であるため炭素―炭素間の結合力が相対的に弱い。
このような構造上の差異により、ダイアモンドとグラファイトとの間には、そのヤング率において、それぞれ、1000GPa、10GPaと、2桁の違いがある。従って、ダイアモンド基材41を構成するsp3結合の一部をsp2結合に変性させる割合を制御することにより、数Ga〜数100GPaの制御幅で、ダイアモンド基材41の一部を低ヤング率化させることが可能となる。
また、線膨張係数においても、同様にして、ダイアモンド基材41を構成するsp3結合の一部をsp2結合に変性させる割合を制御することにより、ダイアモンドの1×10−6 ℃−1程度から、グラファイトの6×10−6 ℃−1程度と数倍の範囲で増大させることが可能である。この結果、炭素含有領域45は、sp3結合からなる領域45よりも、線膨張係数において、ターゲット金属(例:タングステン 4.5×10−6 ℃−1)に近づけることが可能となる。
従って、本実施形態における炭素含有領域45は、熱応力に対する応力緩和領域と捉えられ、さらには、線膨張係数不整合に対する整合領域とも捉えられる。
次に、本願発明の課題とターゲット層構造との関係について、図9を用いてより詳細に説明する。「ターゲット層に対する陽極電位の規定性能の低下」は、ターゲットの層構造に強く依存している。
図9(a)、(b)には、それぞれ、透過型ターゲット69、反射型ターゲット89の一般的な層構成断面の概略図を、図9(c)、(d)においては、透過型ターゲット69、反射型ターゲット89に発生したマイクロクラック68の分布を示している。
図9(b)に図示するように、反射型ターゲット89においては、電子侵入深さdpで発生した放射線は、ターゲット層82の裏面側から取り出す必要が無く、電子線5の入射面側から後方83に向けて取り出される。従って、反射型ターゲット89においては、ターゲット層82は、その層厚方向の放射線の透過率を考慮せずに、電子侵入深さdpに対してその層厚tを十分厚い値に設定することが可能である。
具体的には、電子侵入長dpは、管電圧に依存するものの、一般的には数μmから十数μm程度範囲が選択される。一方で、ターゲット層82の層厚tは、一般的には数mmから数十mm程度の範囲が、熱容量設計、強度設計等の要請から設定される。また、ターゲット層82の発熱部の厚さは、電子線5のターゲット層82に対する電子侵入深さdpに概ね一致する。従って、反射型ターゲット89における発熱部の厚さは、ターゲット層82の層厚tに対して十分小さい。
従って、反射型ターゲット89において発生する熱応力は、ターゲット層82の表層近傍に集中しているので、ターゲット層82の層厚方向に渡って、マイクロクラック68が横切る可能性は低い。また、反射型ターゲット89は、銅等の導電性を有する支持部材をターゲット層82の裏面に配置することが可能な設計自由度を有しているので、反射型ターゲット89においては、ターゲット層82の陽極電位の規定性能の低下が発生し難い。
一方で、透過型ターゲット69においては、図9(a)に図示するように、ターゲット層62の電子侵入深さdpで発生した放射線は、ターゲット層62とダイアモンド基材61を透過させて前方84に取り出される。従って、透過型ターゲット69のターゲット層62の層厚tは、ターゲット層62における減衰を考慮して、電子侵入長dpと同等の厚さ(0.5×dp以上1.5×dp以下)に設定される。
従って、透過型ターゲット69において発生する熱応力は、ターゲット層82の層厚t全体に分布するので、図9(c)のように、ターゲット82の層厚を分断するようにマイクロクラック68が発生する可能性がある。このような場合は、透過型ターゲット69においては、反射型ターゲット89とは異なりターゲット層62の裏面側から陽極電位を給電することが困難なので、マイクロクラック68の発生に起因して、ターゲット層62に陽極電位を規定する性能が低下する。
以上のように、マイクロクラック68の発生により、「ターゲット層に対する陽極電位の規定性能の低下」が生ずる現象は、透過型ターゲットの構成に深く関係する課題であると言える。
次に、マイクロクラック68が、ターゲット層62内部で進展し島状領域65、65’の発生に至るメカニズムについて、本願発明者等によって推定された考察を述べる。
ターゲット層62にマイクロクラック68が発生する第一の要因は熱応力である。かかる熱応力は、ターゲット層62とダイアモンド基材61との線膨張係数の不整合(Δα=α62−α61:5〜9×10−6 ℃−1)と、透過型ターゲットの動作時の温度上昇(650℃〜1400℃)と、で規定される。
この熱応力はターゲット層62の層面と平行な方向のベクトルを有し、ターゲット層の剥離または亀裂発生の駆動力となっていることについては、特許文献3に定性的に開示されている。
ターゲット層62にマイクロクラック68が発生する第二の要因は、ダイアモンド基材61が、高い弾性係数を有していることである。
ダイアモンドは、その特異な結晶構造から、特に高い弾性係数(1050GPa、室温25℃)を有している。また、ターゲット金属として選択される高融点の金属元素の弾性係数は、ダイアモンドには及ばないため、ターゲットの熱応力は、ターゲット層62に集中する傾向がある。
なお、ターゲット金属に適用可能な金属元素の代表例である、タングステン、モリブデン、タンタルの弾性係数(ヤング率)は、各々403、327、181(GPa、室温25℃)である。
ターゲット層62にマイクロクラック68が発生する第三の要因は、ターゲット層62が多結晶構造をとることである。
ターゲット層62の形成方法としては、スパッタリング、蒸着、CVD等の気相成膜法(ドライ成膜法)が一般的に用いられる。気相成膜法によるターゲット層62においては、層厚方向に延びるカラム状の結晶粒を有した柱状構造をとる場合が多い。柱状構造に含まれる結晶粒界は、熱応力の方向と交差する。従って、柱状構造に含まれる結晶粒界は、ターゲット層62のせん断破壊モードの機械的強度を制限する要因となる。
ターゲット層62にマイクロクラック68が発生する第四の要因は、ターゲット層62を構成する結晶粒が温度上昇履歴を受けて粗大化することである。
図8(a)に、成膜直後のターゲット層を構成する多結晶組織の粒界エネルギー分布の概念図を示す。縦軸は、単位粒界面積あたりまた粒界エネルギーを意味し、横軸は、ターゲット層の多結晶組織を構成する結晶粒G1〜G9の位置を意味している。
この粒界エネルギー分布に認められる10個のピークの位置は、結晶粒界に相当し、エネルギー分布のピーク間距離Δxは、結晶粒G1〜G9の各々の、結晶粒径を示している。この初期の段階では、結晶粒径と粒界エネルギーに大きなバラツキは認められず、ターゲット層にマイクロクラックは発生していない。
図8(b)に、放射線発生動作に伴う熱履歴を受けたターゲット層の、結晶粒G1〜G4、G6〜G9に対応した粒界エネルギー分布の概念図を示す。この中期の段階では、成長する結晶粒と縮小する結晶粒が共存していることが判る。初期段階のターゲット層に存在した結晶粒G5は、成長過程にある結晶粒G4に取り込まれて消失していることが読み取れる。成長し粒径が増大する結晶粒で規定された粒界に存在する粒界エネルギーは、初期段階に比較して増加している。この段階では、ターゲット層にマイクロクラックは発生していない。
図8(c)に、隣接する結晶粒を取り込んでより一層粗大化した結晶粒G2,G4,G8に対応する粒界エネルギー分布の概念図を示す。この後期段階では、結晶粒の選択的な粗大化と粒界エネルギーの増加とが、中期の段階より一層進んでいることが読み取れる。粒界エネルギーの増加は、吸収した微細な結晶粒の粒界エネルギーが持つ転移・微細欠陥等のエネルギーを取り込む様にして、増大しているものと考えられる。
粒界エネルギーが増大して、連続的な膜組織を維持することが可能な粒界エネルギーの上限Ethを超えた場合には、マイクロクラックが発生し粒界エネルギーが開放されるものと推定される。
以上のように、前述の検討結果で観測された放射線出力変動のメカニズムは、その詳細は明らかでは無いものの、第一の要因〜第四の要因が相補的に関係し、図10に記載の透過型ターゲット71のように、ターゲット層62の層面内方向および層厚方向に進展するマイクロクラック68の発生に至ったものと推定される。
本発明の炭素含有領域が発現する応力緩和作用は、図8(c)に示すように、前述の粒界エネルギーの上限Ethを見かけ上増大させて、加熱熱履歴を受けた場合においてもターゲット層にマイクロクラックが発生するのを抑制するものと推定される。
また、本願発明の炭素含有領域は、応力緩和作用のみならず、sp2結合が所定濃度以上含まれていることにより、π電子共役系に起因した導電性を有し、ターゲット層の電気的接続を確保する作用を発現する。なお、π電子共役系に起因する導電性の観点からは、炭素―炭素結合に占めるsp2結合が20%以上あると好ましく、より好ましくは、40%以上であることが好ましい。
炭素含有領域45が有する導電性により、図10(a)、(b)に記載のような、ターゲット層62にマイクロクラック68が発生した場合においても、島状領域65と陽極部材49との電気的接続を層面方向において確保する作用を有する。
従って、ターゲット層42が、ダイアモンド基材41側において、sp2結合を有した炭素含有領域45に接続された部分を有する構成をとることにより、ターゲット層42に対する陽極電位が安定的に規定されるターゲット9を提供することが可能となる。言い換えると、前記炭素含有領域45が、前記ターゲット層42と、前記ダイアモンド基材41との間に位置する構成をとることにより、ターゲット層42に対する陽極電位が安定的に規定されるターゲット9を提供することが可能となる。
炭素含有領域45を構成する材料としては、sp2結合を、環状の主鎖、直鎖状の主鎖、または、3次元ネットワーク状の主鎖に有する炭素化合物、または、sp2結合を有するダイアモンドの同素体が適用可能である。
ダイアモンドの同素体として、sp2結合のみから構成されるグラファイト、グラフェン、ガラス状炭素は、炭素含有領域45を構成する代表的な材料である。しかしながら、炭素含有領域45を構成する材料は、sp2結合のみから構成される必要は無い。
炭素含有領域45を構成する材料としては、ダングリングボンドを有するアモルファスカーボン(無定形炭素)、六員環を主成分として構成されるカーボンナノチューブ、五員環と六員環から構成されるフラーレンが含まれる。また、炭素含有領域45を構成するその他の材料としては、グラフェンシートが繊維状に積層されたグラファイトナノファイバ、sp3結合とsp2結合とを含み3次元的な炭素原子間ネットワークを有するダイアモンドライクカーボンが含まれる。
また、炭素化合物として炭素含有領域45を構成する材料は、sp2結合を主鎖に持つ構造であれば、前述のダイアモンドの同素体に官能基を導入した炭化水素化合物であっても良いし、特定の金属イオンと配位結合をとる高分子錯体であっても良いし、π電子共役系が主鎖上に発達した導電性の高分子であっても良い。
次に、図1(a)に記載の第一の実施形態の基本的な製造方法について、図5(a−1)〜(a−3)を用いて説明する。
第1の実施形態の製造方法は、以下の工程により行う。
まず、図5(a−1)に示すように、ダイアモンド基材41を用意する。ダイアモンド基材41は、多面体から構成されている。次に、図5(a−2)に示すように、ダイアモンド基材41を、脱酸素雰囲気下において、加熱処理することにより、ダイアモンド基材41の一部をグラファイト等に変性させる。すなわち、本実施形態における加熱工程は、ダイアモンド基材41に含有されるsp3結合の一部を、熱的に構造変化させて、sp2結合に変性させる。
次に、図5(a−3)に示すように、炭素含有領域45を有したダイアモンド基材41の上に、ターゲット金属を含有するターゲット層42を成膜して、ターゲット9が形成される。
本実施形態における脱酸素雰囲気は、ダイアモンド基材41の燃焼に伴う、体積減少、消失を抑制する技術的意義を有する。加熱工程における脱酸素雰囲気は、処理チャンバ内を、窒素、希ガス等の不活性ガスで充填するか、または、真空排気することにより、酸素を処理チャンバからパージすることで得られる。従って、加熱工程は、真空雰囲気下、または、不活性ガス雰囲気下において行えば良い。
本実施形態における加熱工程は、処理時間とダイアモンド基材の強度維持の観点から、650℃以上2000℃以下の温度で行うことが望ましい。加熱工程は、熱伝導性の高い金属製のステージにダイアモンド基材41を当接させても良いし、熱伝導性の低い多孔質セラミックからなる冶具でダイアモンド基材41を断熱支持しても良い。
炭素含有領域45は、ダイアモンド基材41全体に分布していても良いが、少なくとも、ターゲット層42が形成される側の面に集中して分布していることが好ましい。
ダイアモンド基材41を均熱化させ脱酸素雰囲気下で加熱工程を行った場合においても、図5(b)のように、炭素含有領域45は、ダイアモンド基材41の表面に優先的に形成されることが、本発明者等の検討の結果判った。これは、ダイアモンド基材41の表面は内部に比べて欠陥が相対的に多いため、内部に比較して表面側が優先的にsp2結合に変性されやすいものと推定された。
次に、第1の実施形態の製造方法の変形例を、図5(b−1)〜(b−3)、および、図5(c−1)、(c−2)を用いて説明する。
図5(b−1)〜(b−3)に図示した製造方法は、ダイアモンド基材41上にターゲット金属を含有する金属含有層72を形成する金属含有層形成工程<図5(a−2)>を、加熱工程<図5(a−3)>の前に行うことが、図5(a−1)〜(a−3)に図示した製造方法と相違する。この製造方法によれば、図5(a−1)〜(a−3)に図示した製造方法に対して、2つの利点を有する。
第1の利点は、金属含有層72は、ダイアモンド基材41よりも、赤外波長域における吸光係数が大であり、また、ダイアモンド基材よりも熱伝導性が低いので、加熱処理時に選択的に、金属含有層72が選択的に昇温される。従って、図5(b−3)に示すように、炭素含有領域45が、ダイアモンド基材41の内部および他の表面よりも、ターゲット層42側に優先して形成される。この結果、炭素含有領域45を形成するために必要な熱量を低減する省エネルギー効果を有する。
第2の利点は、金属含有層72を構成する金属材料が、図5(b−3)に示す加熱工程により、ダイアモンド基材41中に含有されている炭素の拡散に由来する炭素の供給を受ける。ダイアモンド基材41中に含まれる炭素は、ダイアモンド基材41から金属含有層72にかけての炭素の濃度勾配を駆動力として金属含有層72中に拡散する。かかる炭素の金属含有層72中への拡散は、熱平衡状態の濃度勾配となるまで拡散し続ける。
この炭素拡散の素過程においては、ダイアモンド基材41が金属含有層72と接する側において、ダイアモンド基材41を構成するsp3結合を切断した上で、炭素原子を金属含有層72に供給する過程をとる。ダイアモンド基材41は炭素を金属含有層72に供給するので、消費された炭素に由来して発生したダングリングボンドは、sp2結合に変性されることとなる。
図5(c−1)、(c−2)に図示した製造方法は、ダイアモンド基材41上にターゲット金属を含有するターゲット層42を形成する工程を行いながら、ダイアモンド基材41に対する加熱工程を行うことが、図5(a−1)〜(a−3)に図示した製造方法と相違する。本実施形態においても、ダイアモンド基材41のターゲット層42の側において、優先的に炭素含有領域45を形成することが可能であり、図5(a−1)〜(a−3)に図示した製造方法に対して、第1〜第3の利点を有し、さらに、省工程化されるという第4の利点をも有する。
次に、第1の実施形態の変形例について、図4(b)、(c)を用いて説明する。
図4(b)に図示した実施形態においては、炭素含有領域45は、ターゲット層42とsp3結合からなる領域46との間に、離散的に形成されている点が、第1の実施形態と相違する。このように、炭素含有領域45は、少なくともターゲット層42の側にsp2結合が含有されていれば、連続層であっても、不連続層であっても、さらには、特定の層を構成せずにダイアモンド基材41中に分散されていても良い。
図4(b)に図示したターゲット9の製造方法は、例えば、図5(b−2)から(b−3)のステップにおいて、金属含有層72に対して赤外レーザ光を照射する方法を行うことにより実施可能である。
図4(c)に図示した実施形態においては、炭素含有領域は、ターゲット層42とダイアモンド基材41との間に炭素含有層47として設けられる。本実施形態においても、炭素含有層47は、少なくともターゲット層42の側にsp2結合が含有されていれば、連続層であっても、不連続層であっても良い。本願明細書においては、図4(c)に記載の実施形態を第2の実施形態と称する。
図4(c)に図示された第2の実施形態のターゲット9の製造方法の一例を、図6(a−1)〜(a−3)に示す。
まず、図6(a−1)のように、多面体からなるダイアモンド基材41を用意する。次に、図6(a−2)のように、グラファイト、ガラス状炭素等のsp2結合を含有する炭素含有層47を、ダイアモンド基材41の一方の面に形成する。次に、図6(aー3)のように、炭素含有層47上にターゲット層42を形成する。このようにして、炭素含有層47を中間層として備えた第2の実施形態のターゲット9を製造する。
次に、第2の実施形態のターゲット9の製造方法の第1の変形例について、図6(b−1)〜(b−4)の各図を用いて説明する。
本実施形態の製造方法は、sp2結合を含有の有無を問わない炭素含有膜77を形成し、炭素含有膜77を出発原料として加熱処理によりsp2結合の濃度増大させ、炭素含有層47を形成する点が、図6(a−1)〜(a−3)に図示した製造方法と相違する。
具体的には、まず、図6(a−1)のように、多面体からなるダイアモンド基材41を用意する。次に、図6(b−2)に図示した工程において、炭素含有膜77をダイアモンド基材41上に形成し、図6(b−3)に図示した工程において、少なくとも炭素含有膜77に対して加熱処理する。次に、図6(b−4)のように、炭素含有層47上にターゲット層42を形成する。このようにして、炭素含有層47を中間層として備えた第2の実施形態のターゲット9を製造する。
次に、第2の実施形態のターゲット9の製造方法の第2の変形例について、図6(c−1)〜(c−4)を用いて説明する。
本実施形態の製造方法は、図6(c−4)に図示された、炭素含有膜77を炭素含有層47に変性する工程を、図6(c−3)の図示された、炭素含有膜77上にターゲット層42を形成する工程の後に行う点が、図6(b−1)〜(b−4)に図示された製造方法と相違する。
次に、第2の実施形態のターゲット9の製造方法の第3の変形例について、図6(d−1)〜(d−4)を用いて説明する。
本実施形態の製造方法は、図6(d−3)のように、ターゲット金属を含有する金属含有層72を形成し、次に、図6(d−4)のように、加熱処理により、炭素含有膜77を炭素含有層47に変性させる工程とともに、金属含有層72をターゲット層42に変性させる工程とを行うことが、図6(c−1)〜(c−4)に図示された製造方法と相違する。
第2の実施形態のターゲット9の製造方法として、図6(a−1)〜(a−3)に図示された基本形は、工程数が少ない点で、第1〜第3の変形例に対して好ましく。第2、第3の変形例は、ターゲット層42または金属含有層72の形成後に、加熱処理して、sp2結合を含有する炭素含有層47を形成する点で、前述の第2または第3の利点を発現する点で、基本形と第1の変形例に対して好ましい製造方法である。
なお、第2の実施形態のターゲットは、第1の実施形態のターゲットに対して、独立した中間層を形成する工程が別途必要である点で製造上不利であるが、ダイアモンド基材41の変性に必要な脱酸素雰囲気下の高温処理を行わずに済む点において製造上有利である。製造方法上、第1の実施形態と第2の実施形態とのいずれを選択するかは、他の製造工程との整合性等を考慮して、適宜定めることができる。
以上図5、図6の各図に示すように、本発明のターゲットの製造方法は、第1および第2の実施形態のいずれにおいても、ダイアモンド基材41の一方の面の上にターゲット層72を形成するターゲット層形成工程を備えている。さらに、本発明のターゲットの製造方法は、前記ターゲット層42のダイアモンド基材41と対向する側において、前記ターゲット層42に接しsp2結合を有する炭素含有領域45を形成するsp2結合形成工程と、を備えている。
図5の各図に示すように、第1の実施形態のターゲットの製造方法において、ターゲット層形成工程は、ダイアモンド基材41の一方の面にターゲット金属を含有する金属層42、72を形成する工程を含む。金属層42または72を形成する工程は、それぞれ、図5(a−3)、(b−2)、(c−2)、(d−2)、(e−3)に対応する。
さらに、図5の各図に示すように、第1の実施形態のターゲットの製造方法において、前記sp2結合形成工程は、少なくとも前記ダイアモンド基材を加熱し、前記ダイアモンド基材の表面に含有されるsp3結合の少なくとも一部をsp2結合に変性させる加熱工程を含む。加熱工程は、それぞれ、図5(a−2)、(b−3)、(c−2)、(d−3)、(e−2)に対応する。
図6(a−1)〜(a−3)に示すように、第2の実施形態のターゲットの製造方法において、前述のsp2結合形成工程は、ダイアモンド基材41の一方の面の上にsp2結合を有する炭素含有層47を成膜することにより行われることを含む。sp2結合を有する炭素含有層47を成膜工程は、図6(a−2)に対応する。
図6(b−1)〜(d−4)に示すように、第2の実施形態のターゲットの製造方法において、sp2結合形成工程は、ダイアモンド基材41の一方の面の上にsp3結合を有する炭素含有膜77を形成する工程と、少なくとも前記炭素含有膜77を加熱することにより、前記炭素含有膜77をsp2結合を有する炭素含有層47とする工程と、を含む。
sp3結合を有する炭素含有膜77を形成する工程は、それぞれ、図6(b−2)、(c−2)、(d−2)に対応する。炭素含有膜77をsp2結合を有する炭素含有層47とする工程は、それぞれ、図6(b−3)、(c−4)、(d−4)に対応する。
次に、図3(a)に図示した放射線発生管101にアノードとして実装するために、ターゲットユニット51としてターゲット9を備えた実施形態について、図4(d)、(e)を用いて説明する。
図4(d)は、筒状の陽極部材49の中空部において、図4(a)に図示したターゲット9を備えた透過型ターゲットユニット51(以降、ターゲットユニットという)である。ターゲットユニット51が有する中空部の内周部と、ターゲット9の外周部とが、ろう材48を介して接続されている。ろう材48は、錫、銀等を含有する低融点合金が適用可能である。本実施形態においては、ターゲット9の外周部は、ダイアモンド基材41の周縁、および、ターゲット層42の周縁と重なって位置している。
ターゲットユニット51において、ろう材48は、ターゲット9を保持する接合材としての機能と、陽極部材49とターゲット層42との電気的接続の機能とを担っている。
図4(e)は、図4(d)に平面図として図示されたターゲットユニット51を仮想断面P−P‘で切り開いた断面図である。本実施形態のような構成とすることにより、sp2結合が発現する導電性の効果により、ターゲット9と陽極部材49との電気的接続をより信頼性の高いものとすることが可能となる。
なお、陽極部材49は、高比重の材料から構成することにより、図3(a)のように、必要な方向への放射線取出し角度(放射角)を規定する機能と、不必要な方向への放射線漏洩を防止する放射線遮蔽機能を持たせることが可能である。
陽極部材49を構成する具体的な材料としては、ターゲット層42から発生する放射線の特性X線エネルギーに基づいて、固有の吸収端エネルギーを有する金属元素を適宜選択することが、より一層の小型化の点で好ましい。
具体的には、陽極部材49は、銅、銀、Mo、Ta、W、コバール(KOVAR、CRS HOLDINGS,INC.米国商標、Ni‐Co−Fe系合金)、モネル(Special Metals Corporation、HUNTINGTON ALLOYS CORPORATIONの共有米国商標、Ni−Cu−Fe系合金)、ステンレス等を適用することが可能であり、ターゲット層42が含有するターゲット金属と同じ金属元素を含有することも可能である。
なお、sp2結合を有する炭素含有領域に起因する効果が得られる範囲において、本願発明は、ターゲット層42が複数の層からなる積層形態を含み、また、炭素含有領域がsp1結合(すなわち炭素の3重結合)を有する実施形態を含む。
次に、本願発明のターゲットを備える放射線発生装置を、以下に示す手順で作成し、かかる放射線発生装置を動作させ、出力安定性を評価した。
(実施例1)
本実施例で作成したターゲット9の概略図を図1(a)に示す。また、本実施例で作成したターゲット9の作成手順を図5(b−1)〜図5(b−4)に示す。また、本実施例のターゲット9の断面検体55と分析位置145,146と説明図を図2(a)、(b)に示し、さらには、分析結果である電子損失エネルギー分光分析法プロファイル図2(c)、および、規格化sp2結合濃度Csp2の同定に用いる検量線グラフと一般式を図2(d)に示す。
さらに、本実施例のターゲット9を組み込んだ放射線発生管102の概略構成を図3(a)に示し、放射線発生管102を組み込んだ放射線発生装置101を図3(b)に示す。また、本実施例の放射線発生装置101の放射線出力の安定性を評価した評価系を図7に示す。
まず、図5(b−1)に示すように、直径6mmで厚さ1mmの、単結晶ダイアモンドからなるダイアモンド基材41を準備し、次に、ダイアモンド基材41を、UVオゾンアッシャ装置にて、その表面の残留有機物を洗浄処理した。
次に、図5(b−2)に示すように、ダイアモンド基材41の一方の洗浄面に対して、キャリアガスとしてアルゴンガスを用い、スパッタターゲットとしてタングステンの焼結体を用いて、タングステンからなる金属含有層72を5μmの層厚となるように、スパッタ成膜した。
次に、金属含有層72とダイアモンド基材41とからなる積層体を、不図示のアルミナからなるセラミック製の保持冶具を用いて、不図示のイメージ炉内に設置した。次に、イメージ炉内を真空減圧雰囲気にした。次に、積層体の温度が1300℃となるように積層体に対して赤外線を10時間照射し、加熱工程を行った。このようにして、本実施例のターゲット9を作成した。
ターゲット9のターゲット層42は、層厚が6μmとなっていた。
本実施例のターゲット9は、図5(b−3)に示すように、ダイアモンド基材41の表面近傍を中心に、褐色〜黒色を呈する領域が分布していることが目視観察により判った。
次に、ターゲット9に対して、図2(a)に示すように、機械研磨とFIB加工処理により、ターゲット層42下端からターゲット層42側に300nm、ダイアモンド基材側に500nmの範囲を含むよう切り出した断面検体55を準備した。
準備した断面検体55を、走査型透過電子顕微鏡(STEM)で、ターゲット層42とダイアモンド基材の境界付近を観察したところ、像コントラストから、ダイアモンド基材41の領域内のターゲット層42に近い位置に、ターゲット層42より比重が小さい元素から構成されている領域が認められ、この領域を炭素含有領域45と推定した。
推定された炭素含有領域45は、STEMに付属の電子線回折(STEM−ED)でハローパターンを呈し、また、高分解能観察モードで格子縞が観察されず、アモルファス相であることが判った、また、STEMに付属するEDX分析により炭素を主成分とする領域であることが判った。
次に、本願発明の特徴である炭素含有領域の同定の為に、STEMに付属する電子損失エネルギースペクトル分析装置によりSTEM−EELS評価を行った。
図2(c)に、STEM−EELS分析により得たEELSプロファイルを示す。横軸は、電子損失エネルギー値を示し、縦軸は、EELS信号の強度Iを示している。電子損失エネルギーが285eVの信号強度I285は、π結合の濃度に対応する。また、電子損失エネルギーが292eVの信号強度I292は、σ結合の濃度に対応する。
EELS分析では、炭素の二重結合であるsp2結合は、σ結合とπ結合とに起因して、285eVのEELS信号と292eVのEELS信号(I285、I292)として検出される。一方、炭素の一重結合であるsp3結合は、σ結合に起因した285eVのEELS信号(I292)として検出される。
図2(c)のプロファイルから、分析位置145はπ結合とσ結合とからなるsp2結合が有意な濃度で存在していること、分析位置146はσ結合からなるsp3結合が有意な濃度で存在していることが定性的に読み取れる。
分析位置146には、285eVのEELS信号が観察されているが、分析雰囲気から物理吸着された不可避の炭化水素、または、電子線の照射に伴う重合炭素、に起因する信号が含まれた為であると推定された。即ち、285eVのEELS信号には、検体の真実の炭素結合と、検体に由来しないバックグラウンド信号が重畳している可能性があると推定された。
このバックグラウンド信号の影響を確認する為に、標準検体として加熱処理されていない合成ダイアモンドをEELS分析した場合にも、分析位置146と同程度に、285eVのEELS信号が検出された。分析位置146とダイアモンド標準検体とに観測された285eVのEELS信号は、測定系固有のバックグランド信号(ノイズ成分)が支配的であることが確かめられた。
さらには、電子損失エネルギーの特性エネルギー毎の検出感度は一般に一致しない。具体的には、装置固有条件、測定条件に起因して、π結合濃度/I285信号強度(=π結合検出感度)と、σ結合濃度/I292信号強度(=σ結合検出感度)とは、一致していない。図2(c)のEELSプロファイルは、生データであるので、少なくともこの影響を受けている。
これらのsp2結合の濃度同定に係る誤差の影響を除去する目的から、本願発明者等は、以下の様な方法で、バックグラウンド信号と検出感度の特性エネルギー依存性の影響を無くすように校正しsp2結合の濃度値を同定することした。
具体的には、加熱処理をしていない単結晶の合成ダイアモンドと、加熱処理をしてない単結晶グラファイト(HOPG)を標準検体として用い、さらには、2種の標準検体により、図2(d)に示すような検量線を定めることにより、バックグラウンド信号による誤差を除去する。
また、検出感度の特性エネルギー依存性に由来した誤差に関しては、285eVのEELS信号の強度I285を292eVのEELS信号の強度I292で除したEELS信号強度比I285/I292を用いて誤差を除去した。
さらに、以下に示した一般式(1)を用いることにより、前述の2種の誤差を除去した規格化sp2結合濃度Csp2を規定した。
以上より、分析位置145と、分析位置146のそれぞれの規格化sp2結合濃度は、それぞれ、98.6%、0.8%であることが判った。
以上説明したように、本実施例のターゲット9のダイアモンド基材41に対するEELS分析、その他の組成―構造分析の結果、分析位置145はsp2結合を支配的に含有するアモルファスカーボンであり、分析位置146はsp3結合を支配的に有するダイアモンドであることが同定された。
なお、推定された炭素含粒領域45と、高分解能観察モードでダイアモンドの結晶性に起因した格子縞が観察された領域46の、それぞれに対して、図2(b)に示すように、分析位置145、146を定めた。推定された炭素含有領域45は、STEM−EELSのライン分析をターゲット層42の層厚方向に沿って行うことにより、80nm〜250nmの厚さを有し分布していることが確認された。STEM−EELSのライン分析は、20nm間隔で行い、推定された炭素含有領域45と他の構造との境界付近においては、数nm間隔と適宜、検出間隔を狭くして行った。
次に、本実施例で作成したターゲット9を備えた放射線発生管102を以下のような手順で作成した。まず、図6(d)、(e)に示すように、ターゲット9と銅からなる陽極部材49とをろう付けしてターゲットユニット51を作成し、これを陽極とした。次に、硼化ランタン(LaB6)を電子放出部2として備えた含侵型電子銃からなる電子放出源3を、不図示のコバールからなる陰極部材とろう付けし陰極とした。
さらに、アルミナからなる絶縁管110の両開口のそれぞれに、陰極と陽極とをそれぞれろう付けし外囲器を形成した。次に、外囲器の内部13を不図示の排気装置を用いて、1×10−6Paの真空度となるまで真空排気した。以上のようにして、図3(a)に示す放射線発生管102を作成した。
さらに、放射線管102の陰極と陽極とに対して駆動回路103を電気的に接続し、さらに、収納容器120の内部43に、放射線発生管102と駆動回路103とを収納して、図3(b)に示す放射線発生装置101を作成した。
次に、放射線発生装置101の駆動安定性を評価するために、図7に示す評価系70を準備した。評価系70は、放射線発生装置101の放射線放出窓111の1m前方の位置に線量計26が配置されている。線量計26は、測定制御装置207を介して駆動回路103に接続されることにより、放射線発生装置101の放射出力強度を測定可能となっている。
駆動安定性の評価における駆動条件は、放射線発生管102の管電圧を+100kVとし、ターゲット層42に照射される電子線の電流密度を4mA/mm2、電子照射期間を2秒、非照射期間を198秒とを交互に繰り返すパルス駆動とした。検出した放射線出力強度は、電子照射時間内の中央1秒間の平均値を採用した。
放射線出力強度の安定性評価は、放射線出力開始から100時間経過後の放射線出力強度を、初期の放射線出力強度で規格化した保持率で評価した。
なお、放射線出力強度の安定性評価に際し、ターゲット層42から接地電極66に流れる管電流を計測して、不図示の負帰還回路により、ターゲット層42に照射される電子電流密度を1%以内の変動値とするように定電流制御した。さらに、放射線発生装置101の安定性駆動評価中に、放電せずに安定的に駆動していることを、放電カウンタ67によって確認した。
本実施例の放射線発生装置101の放射線出力の保持率は、0.98であった。本実施例のターゲット9を備えた放射線発生装置101は、長時間の駆動履歴を経た場合においても、顕著な放射線出力変動も認められず、安定した放射線出力強度が得られることが確認された。また、放射線出力強度の安定性評価試験を経験した本実施例の放射線発生装置101を分解して、ターゲットユニット51を取出したところターゲット層42にマイクロクラックは認められなかった。
(実施例2)
本実施例においては、図5(a−1)〜図5(a−3)の作成方法に従い、ターゲット9を作成した事以外は、実施例1と同様な方法により、放射線発生装置101を作成し、その放射線出力の安定性を評価した。
まず、実例1と同様にして、図5(a−1)に示すように、用意したダイアモンド基材41の表面の洗浄処理を行った。次に、図5(a−2)に示すように、不図示のイメージ炉内において、ダイアモンド基材41を、不図示のアルミナからなるセラミック製の保持冶具に設置し、炉内を真空減圧雰囲気にした。次に、ダイアモンド基材41の温度が1500℃となるようにダイアモンド基材41に対して赤外線を10時間照射し、加熱工程を行った。
次に、加熱処理を終えたダイアモンド基材41の一方の面に、図5(a−3)のように、タングステンからなるターゲット層42を、スパッタ法によって7μmの層厚となるように成膜して本実施例のターゲット9を作成した。
本実施例のターゲット9は、図5(a−3)に示すように、ダイアモンド基材41の表面近傍を中心に、褐色〜黒色を呈する領域が分布していることが目視観察により判った。
本実施例のターゲット9を、実施例1と同様に、機械研磨とFIB加工処理により、図2(b)に示すように、ターゲット層42下端からターゲット層42側に300nm、ダイアモンド基材側に500nmの範囲を含むよう切り出した断面検体55を準備した。
準備した断面検体55を、走査型透過電子顕微鏡(STEM)で、ターゲット層42とダイアモンド基材の境界付近を観察したところ、像コントラストから、ダイアモンド基材41の領域内のターゲット層42に近い位置に、ターゲット層42より比重が小さい元素から構成されている領域が認められ、この領域を炭素含有領域45と推定した。推定された炭素含有領域45は、STEM−EELSのライン分析をターゲット層42の層厚方向に沿って行うことにより、100nm〜210nmの厚さを有し分布していることが確認された。
次に、本願発明の特徴である炭素含有領域の同定の為に、STEMに付属する電子損失エネルギースペクトル分析装置によりSTEM−EELS評価を行った。
この結果、炭素含有領域に対応する検出領域の規格化sp2結合濃度は95%、ダイアモンド基材41に対応する検出領域の規格化sp2結合濃度は1%であることが判った。
次に、本実施例で作成したターゲット9を用いて、実施例1と同様にして、放射線発生管102、および、放射線発生装置101を作成した。かかる放射線発生装置101を、図7に示す駆動安定性を測定する評価系70に組みこんだ。
本実施例の放射線発生装置101の放射線出力の保持率は、0.97であった。本実施例のターゲット9を備えた放射線発生装置101は、長時間の駆動履歴を経た場合においても、顕著な放射線出力変動も認められず、安定した放射線出力強度が得られることが確認された。また、放射線出力強度の安定性評価試験を経験した本実施例の放射線発生装置101を分解して、ターゲットユニット51を取出したところターゲット層42にマイクロクラックは認められなかった。
(実施例3)
本実施例においては、図5(d−1)〜図5(d−3)の作成方法に従い、ターゲット9を作成した事以外は、実施例1と同様な方法により、放射線発生装置101を作成し、その放射線出力の安定性を評価した。
まず、実例1と同様にして、図5(d−1)に示すように、用意したダイアモンド基材41の表面の洗浄処理を行った。次に、図5(d−2)に示すように、ダイアモンド基材41の一方の面に、タングステンからなるターゲット層42を、スパッタ法によって7μmの層厚となるように成膜して積層体を作成した。
次に、不図示のチャンバ内に積層体を配置し、チャンバの内部を窒素ガスでパージした。次に、チャンバが備えている石英窓を介して、積層体のターゲット層42が形成された面に対して、半導体レーザ光源を用いて波長808nmの赤外光を照射した。レーザ光は、Qスイッチによりパルス駆動し、1000回の照射を行った。この結果、図5(d−3)に示すように、ダイアモンド基材41のターゲット層42の側の界面付近が褐色〜黒色に変色したターゲット9が得られた。
本実施例のターゲット9を、実施例1と同様に、機械研磨とFIB加工処理により、図2(b)に示すように、ターゲット層42下端からターゲット層42側に300nm、ダイアモンド基材側に500nmの範囲を含むよう切り出した断面検体55を準備した。
準備した断面検体55を、走査型透過電子顕微鏡(STEM)で、ターゲット層42とダイアモンド基材の境界付近を観察したところ、像コントラストから、ダイアモンド基材41の領域内のターゲット層42に近い位置に、ターゲット層42より比重が小さい元素から構成されている領域が認められ、この領域を炭素含有領域45と推定した。推定された炭素含有領域45は、STEM−EELSのライン分析をターゲット層42の層厚方向に沿って行うことにより、55nm〜120nmの厚さを有し分布していることを確認した。
次に、本願発明の特徴である炭素含有領域の同定の為に、STEMに付属する電子損失エネルギースペクトル分析装置によりSTEM−EELS評価を行った。
この結果、炭素含有領域に対応する検出領域の規格化sp2結合濃度は96%、ダイアモンド基材に対応する検出領域の規格化sp2結合濃度は1%であることが判った。
次に、本実施例で作成したターゲット9を用いて、実施例1と同様にして、放射線発生管102、および、放射線発生装置101を作成した。かかる放射線発生装置101を、図7に示す駆動安定性を測定する評価系70に組みこんだ。
本実施例の放射線発生装置101の放射線出力の保持率は、0.98であった。本実施例のターゲット9を備えた放射線発生装置101は、長時間の駆動履歴を経た場合においても、顕著な放射線出力変動も認められず、安定した放射線出力強度が得られることが確認された。また、放射線出力強度の安定性評価試験を経験した本実施例の放射線発生装置101を分解して、ターゲットユニット51を取出したところターゲット層42にマイクロクラックは認められなかった。
(実施例4)
本実施例においては、図6(b−1)〜図6(b−3)の作成方法に従い、ターゲット9を作成した事以外は、実施例1と同様な方法により、放射線発生装置101を作成し、その放射線出力の安定性を評価した。
まず、実例1と同様にして、図6(b−1)に示すように、用意したダイアモンド基材41の表面の洗浄処理を行った。次に、図6(b−2)に示すように、ダイアモンド基材41の一方の面に、CVD装置を用いてダイアモンドライクカーボンからなる炭素含有膜77を100nmの膜厚となるように成膜して積層体を作成した。
次に、積層体を、不図示のアルミナからなるセラミック製の保持冶具を用いて、不図示のイメージ炉内に設置し、炉内を真空減圧雰囲気にした。次に、積層体の温度が1400℃となるように積層体に対して赤外線を10時間照射し、加熱工程を行った。このようにして、本実施例のターゲット9を作成した。
本実施例のターゲット9を、実施例1と同様に、機械研磨とFIB加工処理により、図2(b)に示すように、ターゲット層42下端からターゲット層42側に300nm、ダイアモンド基材側に500nmの範囲を含むよう切り出した断面検体55を準備した。
準備した断面検体55を、走査型透過電子顕微鏡(STEM)で、ターゲット層42とダイアモンド基材の境界付近を観察したところ、ターゲット層42とダイアモンド基材41との間に、ターゲット層42より比重が小さい元素から構成されている炭素含有層47が形成されていることが確認された。この炭素含有層47の厚さは、STEM−EELSのライン分析をターゲット層の層厚方向に沿って行うことにより、65nm〜95nmの厚さを有し分布していることが確認された。
次に、本願発明の特徴である炭素含有領域の同定の為に、STEMに付属する電子損失エネルギースペクトル分析装置によりSTEM−EELS評価を行った。
この結果、炭素含有領域に対応する検出領域の規格化sp2結合濃度は97%、ダイアモンド基材に対応する検出領域の規格化sp2結合濃度は1%であることが判った。
次に、本実施例で作成したターゲット9を用いて、実施例1と同様にして、放射線発生管102、および、放射線発生装置101を作成した。かかる放射線発生装置101を、図7に示す駆動安定性を測定する評価系70に組みこんだ。
本実施例の放射線発生装置101の放射線出力の保持率は、0.96であった。本実施例のターゲット9を備えた放射線発生装置101は、長時間の駆動履歴を経た場合においても、顕著な放射線出力変動も認められず、安定した放射線出力強度が得られることが確認された。また、放射線出力強度の安定性評価試験を経験した本実施例の放射線発生装置101を分解して、ターゲットユニット51を取出したところターゲット層42にマイクロクラックは認められなかった。
(実施例5)
本実施例においては、実施例1に記載の放射線発生装置101を用いて、図3(c)に記載の放射線撮影装置60を作成した。
本実施例の放射線撮影装置60においては、放射線出力の変動が抑制された放射線発生装置101を備えることにより、SN比の高いX線撮影画像を取得することができた。
なお、本実施例1〜3においては、EELS法により、炭素含有領域の同定、および、規格化sp2濃度を同定したが、これらの同定手法は、ラマンスペクトル法、X線光電子分光法等の炭素間結合を分離可能な他の分析法を用いることが可能である。