しかしながら、従来のラチェットレンチは、回動による往復運動の何れかにおいて、歯車上で爪部を滑らせることにより、締結用部材の戻り回転を防止するものであるため、ハンドルの往復運動の往路で締結用部材が回転させられるとすれば、当然ながら復路では締結用部材は回転しない。そのため、ハンドルの復路の運動が無駄となっていた。この事情は、遊星歯車機構を備えることによって、締結用部材の回転が増速または減速される上記の工具においても同様であり、遊星歯車機構によって回転が増速される場合であっても、締結用部材を脱着する作業効率の向上には不充分であった。
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、締結用部材の回転を増速できると共に、ハンドルを往復させて回動運動させる際、往路及び復路の何れにおいても締結用部材を同一方向に回転させることができるレンチの提供を、課題とするものである。
上記の課題を解決するため、本発明にかかるレンチは、「締結用部材にトルクを伝達する回転体と、該回転体と一体的に回転する単一の太陽歯車と、該太陽歯車と噛合し前記太陽歯車周りの公転及び自転が可能なシングルピニオン式の第一遊星歯車と、該第一遊星歯車と噛合する内歯が周設された第一リング歯車と、前記太陽歯車と噛合し前記太陽歯車周りの公転及び自転が可能な内側ピニオン、及び該内側ピニオンと噛合し前記太陽歯車周りの公転及び自転が可能な外側ピニオンで構成されたダブルピニオン式の第二遊星歯車と、前記外側ピニオンと噛合する内歯が周設された第二リング歯車と、前記第一リング歯車の回転方向を一方向に規制する第一爪部と、前記第二リング歯車の回転方向を、前記第一リング歯車の回転方向と相反する方向に規制する第二爪部と、前記第一爪部及び前記第二爪部が固定されていると共に、前記第一リング歯車及び前記第二リング歯車の軸心周りに回動可能な第一ハンドルと、前記第一遊星歯車の回転軸及び前記第二遊星歯車の回転軸と一体化された遊星キャリアと、該遊星キャリアと一体的に前記第一リング歯車及び前記第二リング歯車の軸心周りに回動可能な第二ハンドルとを」具備している。
「締結用部材」は、回転によって螺進及び螺退する部材であれば特に限定されず、六角ボルト、六角ナット、六角穴や四角穴付きボルト、すり割りや十字穴付きのねじ、ヘクスローブねじ等を例示することができる。
「回転体」は、太陽歯車の回転を締結用部材に伝達する部材であり、この回転体には、締結用部材と嵌合可能なソケットを装着するための装着部を設けることができる。例えば、六角ボルトや六角ナットと嵌合するボックス状の六角ソケットや十二角ソケット、六角穴付きボルトと嵌合するヘキサゴンビットソケット等の種々のソケットを装着するために、ソケットの差込角の規格と適合するドライブ角を有する四角柱状の装着部を、回転体の端部に形成することができる。あるいは、ねじ頭部のすり割りや十字穴と係合するマイナスやプラスのドライバビットを装着可能なホルダー状の装着部を、回転体の端部に形成することができる。更には、上記のようなソケットやドライバビットが、回転体の端部に直接設けられる構成とすることもできる。
「第一爪部」及び「第二爪部」は、それぞれ「第一リング歯車」及び「第二リング歯車」について、時計回り及び反時計回りの二つの回転方向のうち、一方の回転方向に対しては爪部が外歯と噛み合い、他方の回転方向に対しては爪部が外歯上を滑る構成とすることにより、回転方向を一方向に規制するものである。また、第一爪部及び第二爪部は、それぞれ単一の構成であっても、二以上の爪部によって構成されるものであっても良い。なお、第一爪部及び第二爪部がそれぞれ規制する第一リング歯車及び第二リング歯車の回転方向を切り替えるために、切り替え機構を更に備えるものとすることもできる。その場合、第一リング歯車及び第二リング歯車の回転方向は、共に切り替えられることによって、両リング歯車の回転方向は、常に相反する方向に規制される。
上記のように、本発明のレンチは、太陽歯車を中心とした第一遊星歯車及び第一リング歯車で構成される遊星歯車機構と、同一の太陽歯車を中心とした第二遊星歯車及び第二リング歯車で構成される遊星歯車機構による二つの遊星歯車機構を有している。そして、第一リング歯車と第二リング歯車の回転方向を相反する方向に規制する第一爪部及び第二爪部が、共に第一ハンドルに固定されているため、第一ハンドルを回動させることによって、一方の回動方向では二つの遊星歯車機構のうちの一方のみが動作し、他方の回動方向ではもう一方の遊星歯車機構のみが動作する。その際、遊星キャリアと一体化された第二ハンドルを固定しておくことにより、第一遊星歯車及び第二遊星歯車の公転が固定され、第一リング歯車または第二リング歯車が入力歯車となり、太陽歯車が出力歯車となる。
これにより、時計回り及び反時計回りの二つの回動方向のうち、何れの方向に第一ハンドルを回動させても、増速比c/a(a:太陽歯車の歯数,c:リング歯車の歯数)で、太陽歯車と一体化された回転体の回転を増速することができる。
加えて、本発明では、二つの遊星歯車機構のうち、一方がシングルピニオン式で、他方がダブルピニオン式であるため、二つの回動方向のうちの何れに第一ハンドルを回転させても、すなわち、相反する方向に回転が規制された、第一リング歯車及び第二リング歯車の何れを入力歯車とした場合であっても、出力歯車である太陽歯車は同一の方向に回転する。従って、第一ハンドルを往復させて回動運動させる際、往路及び復路の何れにおいても、回転体を介して締結用部材を同一方向に回転させ、効率良く締結用部材を締結し、あるいは緩めることができる。
また、本発明のレンチは、上記構成に加え、「前記第一爪部は、それぞれ第一リング歯車の回転方向を相反する方向に規制する一対の爪部によって構成されると共に、前記第二爪部は、それぞれ第二リング歯車の回転方向を相反する方向に規制する一対の爪部によって構成され、一対の前記第一爪部及び一対の前記第二爪部の少なくとも何れか一対を、それぞれ前記第一リング歯車の外歯及び前記第二リング歯車の外歯に向かって付勢するバネ部材と、該バネ部材に付勢された一対の前記第一爪部又は/及び一対の前記第二爪部に介装されると共に、回動可能に前記第一ハンドルに軸支され、軸周りの回動によって一対の前記第一爪部の一方又は/及び一対の前記第二爪部の一方を前記バネ部材の付勢に抗して押圧するカム体とを具備する」ものとすることができる。
「バネ部材」としては、コイルバネや板バネを使用することができる。なお、「カム体」は、一対の第一爪部間に設けられるものであっても、一対の第二爪部間に設けられるものであっても、その両方に設けられるものであっても良いが、バネ部材に付勢されている一対の爪部の間に設けられる。
上記の構成により、本発明によれば、第一爪部及び第二爪部が、それぞれ第一リング歯車及び第二リング歯車の回転方向を相反する方向に規制する一対の爪部から構成されるため、それぞれ一対の爪部のうちの一方から他方に切り替えることにより、出力歯車である太陽歯車の回転方向の正逆を切り替えることができる。これにより、締結用部材を締結する場合と緩める場合とでレンチを裏返す必要がなく、より使い勝手の良いレンチとなる。
また、太陽歯車の回転方向の正逆を切り替えることができるため、回転体の両端のそれぞれに規格の異なるソケットと適合する装着部を設けることとすれば、レンチを裏返して使用することにより、一本のレンチで異なる種類の締結用部材を締結し、かつ緩めることが可能となる。あるいは、口径や形状の異なる二種類のソケット部を、直接回転体の両端部に設けることもできる。
更に、少なくとも何れか一対の爪部の間にカム体が介装されており、カム体が介装された爪部は、それぞれリング歯車の外歯に向かって付勢されているため、カム体を回動させることによって、一対の爪部の一方をバネ部材の付勢に抗して押圧して外歯から離隔させ、同時に、他方の爪部のみをバネ部材の付勢によってリング歯車の外歯と噛み合わせることができる。このように、カム体という簡易な構成を、回動させるという簡易な操作によって、回転体の回転方向の正逆を切り替えることができる。
また、本発明のレンチは、上記構成に加え、「前記カム体は、一対の前記第一爪部及び一対の前記第二爪部の何れか一対に介装されると共に、他方の一対は連結バーで連結され、前記第一爪部の一方と一対の前記第二爪部の一方、及び一対の前記第一爪部の他方と一対の前記第二爪部の他方を、それぞれ重畳した状態で回動可能に前記第一ハンドルに支持させた爪支軸と、重畳した前記第一爪部及び前記第二爪部の一方から他方へ、前記バネ部材による付勢に抗して前記カム体に押圧される力をシーソー運動によって伝達する揺動体とを具備する」ものとすることができる。
上記の構成により、本発明によれば、共に一対の爪部からなる第一爪部及び第二爪部の左側の爪部同士は、上下に重畳した状態で同一の爪支軸回りにそれぞれ回動する。また、右側の爪部同士についても、同様である。そして、例えば、第一爪部間にカム体が介装され、第二爪部同士が連結バーで連結されている場合、カム体の押圧による第一爪部の爪支軸周りの回動運動は、上下に重畳した第一爪部から第二爪部へ、揺動体のシーソー運動によって伝達される。これにより、第二爪部は第一爪部とは反対の方向に爪支軸周りに回動し、第二リング歯車の外歯に押圧される。
更に、一対の第二爪部の一方の爪支軸周りの回動は、連結バーによって一対の第二爪部の他方に伝達される。これにより、他方の第二爪部は、爪支軸周りに同一方向に回動し、第二リング歯車の外歯から離隔する。なお、カム体が一対の第二爪部間に介装され、一対の第一爪部同士が連結バーで連結されている場合は、上記と逆の関係により、カム体により第二爪部の一方が押圧される力が、その第二爪部と重畳する第一爪部、更には、他方の第一爪部に伝達される。
このように、第一爪部及び第二爪部によってそれぞれ規制される第一リング歯車及び第二リング歯車の回転方向を、別個に切り替えなくても、何れか一方の切り替え操作を一度行えば、これと連動して他方を切り替えることができる。そのため、切り替えの操作の手間を削減することができ、更に使い勝手の良いレンチとなる。
以上のように、本発明の効果として、締結用部材の回転を増速できると共に、ハンドルを往復させて回動運動させる際、往路及び復路の何れにおいても締結用部材を同一方向に回転させることができるレンチを提供することができる。
以下、本発明の最良の一実施形態であるレンチについて、図1乃至図9に基づいて説明する。ここで、図1は本実施形態のレンチの分解斜視図であり、図2は図1のレンチの要部の平面図であり、図3は図1におけるA−A線端面図であり、図4及び図5は図1のレンチにおいて第一リング歯車及び第二リング歯車の回転を規制する方向を切り替える構成について説明する説明図であり、図6は図1のレンチの揺動体の動作を説明する説明図であり、図7乃至図9は図1のレンチの使用方法及び動作を説明する説明図である。なお、各図面に示された各歯車の径、歯数、歯数の比、歯の形状等は例示であり、これに限定されるものではない。
本実施形態のレンチ1は、図1乃至図3に示すように、締結用部材にトルクを伝達する回転体2と、回転体2と一体的に回転する単一の太陽歯車3と、太陽歯車3と噛合し太陽歯車3周りの公転及び自転が可能なシングルピニオン式の第一遊星歯車12と、第一遊星歯車12と噛合する内歯が周設された第一リング歯車11と、太陽歯車3と噛合し太陽歯車3周りの公転及び自転が可能な内側ピニオン23、及び内側ピニオン23と噛合し太陽歯車3周りの公転及び自転が可能な外側ピニオン22で構成されたダブルピニオン式の第二遊星歯車22,23と、外側ピニオン22と噛合する内歯が周設された第二リング歯車21と、第一リング歯車11の回転方向を一方向に規制する第一爪部16と、第二リング歯車21の回転方向を、第一リング歯車11の回転方向と相反する方向に規制する第二爪部26と、第一爪部16及び第二爪部26が固定され、第一リング歯車11及び第二リング歯車21の軸心周りに回動可能な第一ハンドル10と、第一遊星歯車12の回転軸12a及び第二遊星歯車22,23の回転軸22a,23aと一体化された遊星キャリア5と、遊星キャリア5と一体的に第一リング歯車11及び第二リング歯車21の軸心周りに回動可能な第二ハンドル20とを、主に具備している。
より詳細に説明すると、太陽歯車3と一体化された回転体2の端部には、ソケット(図示しない)を装着可能な四角柱状の装着部2bが形成されている。ここで、汎用のソケットレンチ用ソケットには、ソケットレンチを挿し込むための断面正方形の孔部(差込角)が形成されており、その二面幅により規格されて、1/4インチ,3/8インチ,1/2インチ,3/4インチ,1インチ等の種類がある。本実施形態のレンチ1は、これらのソケットの規格に適合するサイズ(ドライブ角)を有する四角柱状に、装着部2bを形成することにより、汎用のソケットレンチ用ソケットを適用可能な構成とされている。
また、第一ハンドル10の先端には、環状のケーシング19が形成されており、これを被覆する蓋体4に設けられた孔部9に、回転体2の他方の端部が回転自在に嵌挿されている。なお、図2は、各構成を明確に表示するため、蓋体を取外した状態で図示している。
第一遊星歯車12は、本実施形態では四つが設けられ、内側ピニオン23及び外側ピニオン22により構成された第二遊星歯車22,23も四組が設けられている。なお、各遊星歯車の数はこれに限定されず、任意に設定することができるが、それぞれの遊星歯車の回転を安定的に回転体2に伝達するためには、各遊星歯車は三つ(三組)以上が設けられることが望ましい。
遊星キャリア5は、太陽歯車3を回転自在に挿通可能な孔部を有する円板と、円板の一方の面に固定された第一遊星歯車12の回転軸12aと、円板の他方の面に固定された第二遊星歯車22,23の回転軸22a,23aを具備して構成されている。これにより、第一リング歯車11及び第一遊星歯車12と、第二リング歯車21及び第二遊星歯車22,23とは、遊星キャリア5を介在させて上下に重畳する構成となっている。更に、第二遊星歯車22,23の回転軸22a,23aは第二ハンドル20にも固定されており、これによって遊星キャリア5は、第一リング歯車11及び前記第二リング歯車21の軸心周りに、第二ハンドル20と一体的に回動可能な構成となっている。なお、第一リング歯車11、第一遊星歯車12、第二リング歯車21、第二遊星歯車22,23、及び太陽歯車3は、何れも第一ハンドル10の環状のケーシング19内に収容されている。
第一爪部16は一対の爪部16R,16Lによって構成され、第二爪部26は一対の爪部26R,26Lによって構成されている。そして、平面視で右側の第一爪部16Rと第二爪部26Rとが、第一爪部16Rが第一ハンドル10側となるように重畳した状態で、共に爪支軸6Rによって第一ハンドル10に支持されていると共に、平面視で左側の第一爪部16Lと第二爪部26Lとが、第一爪部16Lが第一ハンドル10側となるように重畳した状態で、共に爪支軸6Lによって第一ハンドル10に支持されている。なお、本明細書では、第一爪部及び第二爪部について、左右の爪部を区別する必要がない場合は、単に第一爪部16、第二爪部26、及び爪支軸6と総称して説明している。
一対の第一爪部16は、それぞれバネ部材18によって第一リング歯車11に向かって付勢されており、一対の第一爪部16R,16Lの間には、カム支軸7によって第一ハンドル10に軸支されたカム体17が介装されており、カム体17には、カム体17と一体的にカム支軸7回りに回動する切り替えレバー8が取り付けられている(図4(a)参照)。この切り替えレバー8を操作して、カム体17をカム支軸7周りに回動させると、第一爪部16の一方がバネ部材18の付勢に抗してカム体17によって押圧され、第一リング歯車11の外歯から離隔する。例えば、図4(a)に実線で図示したように、第一爪部16Rが外歯と噛み合い、第一爪部16Lが外歯から離隔している状態から、切り替えレバー8を平面視時計回りに回動させると(図示、矢印R方向)、二点鎖線で表示したように、第一爪部16Rがカム体17に押圧されて外歯から離隔すると共に、バネ部材18に付勢されて第一爪部16Lが外歯と噛み合う。このように、第一爪部16が規制する第一リング歯車11の回転方向を、切り替えレバー8の操作によって切り替えることができる。
一対の第二爪部26R,26Lは、図4(b),(c)に示すように、爪支軸6R,6Lより第二リング歯車21に近い側において、連結バー27によって連結されている。なお、図4(c)は図4(b)におけるB−B線端面図である。
また、図5(a)に示すように、上下に重畳した第一爪部16Lと第二爪部26Lの外側、及び第一爪部16Rと第二爪部26Rの外側には、それぞれ揺動軸31R,31L周りにシーソー運動する略板状の揺動体32R,32Lが設けられている。ここで、「外側」とは、第一爪部16及び第二爪部26において、それぞれ第一リング歯車11及び第二リング歯車21と対面する側とは反対の側を指している。なお、以下において、左右の揺動体を区別する必要がない場合は、単に揺動体32及び揺動軸31と総称して説明する。
揺動軸31は、図5(b)に示すように、重畳している第一爪部16と第二爪部26との境界の高さとほぼ等しい高さに延びており、支持体39によって第一ハンドル10の環状のケーシング19の内側面に支持されている。また、第一爪部16及び第二爪部26の外側面には、それぞれ半球状の突部36が設けられており、第一爪部16及び第二爪部26は、突部36を介して揺動体32と当接可能な構成となっている。
ここで、切り替えレバー8が平面視反時計回りに回動させられている位置(図4(a)の実線)から、平面視時計回りに回動させられた位置(図4(a)の二点鎖線)まで変位する際の揺動体32の動作を、図5(a)におけるC−C線端面図である図6を用いて説明する。まず、切り替えレバー8の操作によって、カム体17がカム支軸7周りに時計回りに回動させられると、第一爪部16Rがバネ部材による付勢に抗してカム体17によって押圧され、図6(a)に示すように、第一リング歯車1から離れるように移動し(図示、矢印M方向)、揺動体32Rを押圧する。このとき、第一爪部16Rは半球状の突部36を介して揺動体32Rと当接するため、揺動軸31より離れた位置で揺動体32Rが押圧される。一方、図示しないが、第一爪部16Lにはカム体17による作用がなくなるため、バネ部材18による付勢によって第一リング歯車11に向かって押圧される。
そして、図6(b)に示すように、揺動体32Rは第一爪部16Rに押圧されて揺動軸31周りにシーソー運動し、第二爪部26Rの突部36を押す。これにより、第二爪部26Rが第二リング歯車側に移動する(図示、矢印N方向)。このとき、第二爪部26Rの爪支軸6Rを中心とした平面視反時計回りの回動運動が、連結バー27によって第二爪部26Lに伝達され、第二爪部26Lが、爪支軸6L周りに反時計回りに回動する(図4(b)参照)。これにより、第二爪部26Lは第二リング歯車21から離隔し、この状態は、カム体17が第一爪部16Rを押圧している間、その力が揺動体32R、第二爪部26R、及び連結バー27を介して第二爪部に26Lに伝達されることによって保持される。
図示しないが、逆に、切り替えレバー8の操作によって、カム体17を反時計回りに回動させると、第一爪部16Lはバネ部材18による付勢に抗してカム体17によって押圧され、第一リング歯車11から離隔して揺動体32Lを押圧する。一方、第一爪部16Rは、カム体17による作用がなくなり、バネ部材18による付勢によって第一リング歯車11に向かって押圧される。そして、第一爪部16Lによって押圧された揺動体32Lは、揺動軸31L周りにシーソー運動して第二爪部26Lを押し、これにより、第二爪部26Lが第二リング歯車21に向かって押圧されると共に、この運動が連結バー27を介して第二爪部26Rに伝達され、第二爪部26Rは第二リング歯車21から離隔する。そして、カム体17が第一爪部16Lを押圧する力が、揺動体32L、第二爪部26L、及び連結バー27を介して第二爪部に26Rに伝達され、この状態が保持される。
上記のように、単一の切り替えレバー8を一度操作することにより、第一爪部16によって規制される第一リング歯車11の回転方向と、第二爪部26によって相反する方向に規制される第二リング歯車21の回転方向とを、同時に切り替えることができる。なお、本実施形態では、一対の第一爪部16がそれぞれバネ部材18によって第一リング歯車11に向かって付勢されている場合を例示しているが、これに加えて、一対の第二爪部26もバネ部材によって第二リング歯車21に向かって付勢されるものとすれば、揺動体32により押圧された際に、第二爪部26が第二リング歯車21に向かってより強く押圧される。
次に、本実施形態のレンチ1の使用方法及び動作について、図7乃至図9を用いて説明する。ここでは、太陽歯車3が一体化された回転体2の平面視時計回りの回転によって、締結用部材を時計回りに回転させて締結する場合を例示する。
まず、切り替えレバー8の操作により、図2に示すように、第一爪部16Rが第一リング歯車11の外歯と噛み合い、第二爪部26Lが第二リング歯車21の外歯と噛み合った状態としておく。この状態で、作業者の一方の手あるいは適宜の固定手段により、第二ハンドル20を固定する。これにより、第一遊星歯車12及び第二遊星歯車22,23の回転軸は固定されて公転が制限され、各遊星歯車は自転のみが可能となる。
この状態で、第一ハンドル10を平面視反時計回りに回動させると、第一爪部16R,16L及び第二爪部26R,26Lも第一ハンドル10と共に回動する。このとき、第一リング歯車11側では、第一爪部16Rが外歯と噛み合うため、第一ハンドル10の回動に伴って第一リング歯車11が反時計回りに回転する(図7(a)における矢印A1方向)。これに伴い、第一リング歯車11の内歯と噛合する第一遊星歯車12も反時計回りに回転し(図示、矢印A2方向)、更に、第一遊星歯車12と噛合する太陽歯車3が時計回りに回転する(図示、矢印A3方向)。その結果、回転体2を介して締結用部材を時計回りに回転させることができる。
その際、第二リング歯車21側では、外歯に向かって押圧されている第二爪部26Lは、第一ハンドル10の反時計回りの回動に伴って第二リング歯車21の外歯上を滑るため、第一ハンドル10の回動によっては第二リング歯車21は回転しない。一方で、上記の動作により太陽歯車3が時計回りに回転するため、これと噛み合っている内側ピニオン23が反時計回りに回転し(図7(b)における矢印A4方向)、これと噛み合っている外側ピニオン22が時計回りに回転する(図示、矢印A5方向)。更に、外側ピニオン22と噛み合っている第二リング歯車21が、第二爪部26Lを滑らせつつ時計回りに回転する(図示、矢印A6方向)。
逆に、第一ハンドル10を平面視時計回りに回動させるとき、第一リング歯車11側では、外歯に向かって付勢されている第一爪部16Rは外歯上を滑るため、第一ハンドル10の回動によっては第一リング歯車11は回転しない。一方、第二リング歯車21側では、第二爪部26Lが外歯と噛み合うため、第一ハンドル10の回動に伴って第二リング歯車21が時計回りに回転する(図7(d)における矢印B1方向)。その結果、第二リング歯車21の内歯と噛み合っている外側ピニオン22が時計回りに回転し(図示、矢印B2方向)、これと噛み合っている内側ピニオン23が反時計回りに回転する(図示、矢印B3方向)。その結果、太陽歯車3が時計回りに回転する(図示、矢印B4方向)。
その際、第一リング歯車11側では、太陽歯車3の回転に伴って第一遊星歯車12が反時計回りに回転し(図7(c)における矢印B5方向)、第一リング歯車11が第一爪部16Rを滑らせつつ反時計回りに回転する(図示、矢印B6方向)。
このように、第二ハンドル20を固定した状態で第一ハンドル10を往復させて回動運動させると、往路においても復路においても、太陽歯車3を時計回りに回動させることができ、締結用部材を時計回りに回動させて締結することができる。
更に、遊星キャリア5が固定され、第一リング歯車11または第二リング歯車21が入力歯車として作用し、太陽歯車3が出力歯車として作用するため、締結用部材の回転を、増速比c/a(a:太陽歯車の歯数,c:リング歯車の歯数)で増速することができる。例えば、a:c=1:2の場合は、第一ハンドル10の時計回りの回動で二倍に増速され、反時計回りの回動でも二倍に増速されるため、第一ハンドル10の往復運動では、締結用部材の回転を四倍に増速することができる。
加えて、切り替えレバー8を操作してカム体17を回動させ、第一爪部16Rを第一リング歯車11の外歯から離隔させると共に、第一爪部16Lが外歯に押圧されるように変位させれば、揺動体32のシーソー運動によって、第二爪部26Rが第二リング歯車21の外歯に押圧されるように変位すると共に、連結バー27による伝達を介して、第二爪部26Lが外歯から離隔する。この状態で、第二ハンドル20を固定して第一ハンドル10を往復運動させれば、上記と逆の動作により、第一ハンドル10の往復運動の往路においても復路においても、太陽歯車3を反時計回りに回動させることができ、締結用部材を反時計回りに回動させて緩めることができる。
本実施形態のレンチ1は、第一ハンドル10を固定した状態で、第二ハンドル20を回動させて使用することもできる。この場合の動作について、次に図8を用いて説明する。まず、第二ハンドル20を反時計回りに回動させた場合、これと一体的に遊星キャリア5が反時計回りに回動するため、第一遊星歯車12及び第二遊星歯車22,23は反時計回りに公転する(図8(a),(b)における矢印C1方向)。
この際、第一リング歯車11は、第一爪部16Rを滑らせつつ反時計回りに回動可能であり(図8(a)における矢印C2方向)、これに伴い第一遊星歯車12が反時計回りに回転する(図示、矢印C3方向)。これに伴って、太陽歯車3に対して時計回りに回転させようとする力が作用するが、締結用部材の抵抗のために、太陽歯車3はほとんど回転せず、第一リング歯車11のみが反時計回りに回転する。
一方、第二リング歯車21は第二爪部26Lによって反時計回りの回転がロックされているので、公転に伴って外側ピニオン22は時計回りに回転し(図8(b)における矢印C4方向)、内側ピニオン23は反時計回りに回転する(図示、矢印C5方向)。これに伴って、太陽歯車3には時計回りに回転させようとする力が作用するが、締結用部材の回転に対する抵抗のために太陽歯車3はほとんど回転せず、外側ピニオン22の回転に伴って、第二爪部26Lを滑らせつつ第二リング歯車21が時計回りに回転する(図示、矢印C6方向)。
逆に、第二ハンドル20を時計回りに回動させるときは、遊星キャリア5が時計回りに回動するため、第一遊星歯車12及び第二遊星歯車22,23は時計回りに公転する(図8(c),(d)における矢印D1方向)。この際、第一リング歯車11は第一爪部16Rによって時計回りの回転がロックされているので、公転に伴って第一遊星歯車12は反時計回りに回転し(図8(c)における矢印D2方向)、これに伴って、太陽歯車3は時計回りに回転する(図示、矢印D3方向)。
このとき、第一リング歯車11が固定で、遊星キャリア5が入力として作用し、太陽歯車3が出力歯車として作用するため、(a+c)/cの増速比で、太陽歯車3の回転ひいては締結用部材の回転が増速される。例えば、先に例示した歯数比の場合には、第二ハンドル20の時計回りの回動によって、太陽歯車3の回転ひいては締結用部材の回転を、三倍に増速することができる。
一方、第二リング歯車21側では、太陽歯車3の回転に伴って内側ピニオン23が反時計回りに回転し(図8(d)における矢印D4方向)、これに伴って外側ピニオン22が時計回りに回転し(図示、矢印D5方向)、更に、第二リング歯車21が第二爪部26Lを滑らせつつ時計回りに回転する(図示、矢印D6方向)。
このように、第一ハンドル10を固定した状態で第二ハンドル20を回動させた場合は、両方向への回動運動で太陽歯車3を回転させることはできないものの、第二ハンドル20を固定した状態で第一ハンドル10を回動させた場合の往路または復路よりも、大きな増速比で締結用部材の回転を増速することができる。
更に、本実施形態のレンチ1は、第一ハンドル10と第二ハンドル20を一緒に把持して共に回動させることにより、通常のレンチ1と同様の動作をする。次に、この動作について、図9を用いて説明する。両ハンドル10,20を共に反時計回りに回動させると、第一リング歯車11側では、第一ハンドル10によって第一リング歯車11が反時計回りに回転させられると共に(図9(a)における矢印E1方向)、第二ハンドル20によって第一遊星歯車12が反時計回りに公転させられる(図示、矢印E2方向)。これにより、第一遊星歯車12は公転しつつ反時計回りに自転するが(図示、矢印E3方向)、太陽歯車3は、締結用部材の回転に対する抵抗のためにほとんど回転しない。
一方、第二リング歯車21は第二爪部26Lによって反時計回りの回転がロックされているので、外側ピニオン22は反時計回りの公転(図9(b)における矢印E2方向)に伴って時計回りに回転し(図示、矢印E4方向)、内側ピニオン23は反時計回りに回転する(図示、矢印E5方向)。これに伴って、太陽歯車3には時計回りに回転させようとする力が作用するが、締結用部材の回転に対する抵抗のために、太陽歯車3はほとんど回転せず、外側ピニオン22の回転に伴って、第二リング歯車21が第二爪部26Lを滑らせつつ時計回りに回転する(図示、矢印E6方向)。
逆に、両ハンドル10,20を共に時計回りに回動させると、第一リング歯車11は第一爪部16Rによって時計回りの回転がロックされているので回転しないが、第二爪部26Lは第二リング歯車21の外歯と噛み合うため、第二リング歯車21は時計回りに回転する(図9(d)における矢印F1方向)。同時に、第二ハンドル20と一体的に遊星キャリア5が回転することにより、第一遊星歯車12及び第二遊星歯車22,23は時計回りに公転する(図9(c),(d)における矢印F2方向)。これに伴い、内側ピニオン23及び第一遊星歯車12と噛み合っている太陽歯車3は時計回りに回転する(図示、矢印F3方向)。このとき、第一ハンドル10及び第二ハンドル20の回動角度と太陽歯車3の回転角度は同一である。
以上のように、本実施形態のレンチ1によれば、第二ハンドル20を固定した状態で第一ハンドル10を往復させて回動運動させることにより、往路及び復路の何れにおいても、締結用部材を同一の方向に回転させることができると共に、回転を増速することができる。
また、第一ハンドル10を固定した状態で第二ハンドル20を回動させる場合は、締結用部材を回転させられる第二ハンドル20の回動方向が一方向に限られるものの、締結用部材の回転速度を更に増速することができる。
更に、第一ハンドル10及び第二ハンドル20を一緒に把持して共に回動させれば、通常のレンチと同様に動作するため、第一ハンドル10と第二ハンドル20とを拡開させた状態で使用するための充分なスペースがない場合や、両手が使えない場合等であっても、別の工具を必要とすることなく、本実施形態のレンチ1のみで対応することができる。
また、本実施形態のレンチ1では、第一爪部16及び第二爪部26が、それぞれ相反する方向への回転を規制する一対の爪部によって構成されているため、回転を規制する爪部を一対のうちの一方から他方へ切り替えることにより、レンチ1を持ち換えて裏返すことなく、締結用部材を締結する作業と緩める作業とを行うことができる。
加えて、揺動体32及び連結バー27により、第一爪部16における切り替えに連動して、第二爪部26における切り替えを行うことができるため、単一の切り替えレバー8を一度操作するのみによって、第一リング歯車11及び第二リング歯車21のそれぞれの回転が規制される方向を、同時に切り替えることができる。
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
例えば、回転体2に、ソケットを装着可能な一種類の装着部2bが設けられる場合を例示したが、これに限定されず、回転体2の両端部に、規格の異なるソケットに適合する装着部を設けることができる。また、装着部を設ける代わりに、一般的な締結用部材の頭部と嵌合可能なソケット部を、回転体2に直接設けることもできる。
また、第一リング歯車11及び第二リング歯車21の回転方向を切り替えるためのカム体17を、一対の第一爪部16の間に介装する場合を例示したが、これに限定されず、第二爪部26側にのみカム体を設けることもできる。この場合であっても、上下に重畳する第一爪部16及び第二爪部26の外側に揺動体32を設けることにより、第二爪部26に対する切り替えに連動させて、第一爪部16の切り替えを行うことができる。
更に、単一の切り替えレバー8の操作によって、第一リング歯車11及び第二リング歯車21の回転が規制される方向を同時に切り替える場合を例示したが、これに限定されない。例えば、一対の第一爪部及び一対の第二爪部を上下に重畳することのない位置に設け、それぞれにカム体を介装させ、別個の切り替えレバーで、それぞれカム体を回動させる構成とすることもできる。
加えて、第一リング歯車11側に第一ハンドル10を、第二リング歯車21側に第二ハンドル20を配設した場合を例示したが、これに限定されず、逆の位置関係であっても良い。また、第二ハンドル20と遊星キャリア5が、第二リング歯車21をはさみ込んだ状態で一体化される構成を例示したが、これに限定されず、例えば、適宜のケーシング構造等により第二リング歯車及び太陽歯車を回転自在に支持させることとすれば、遊星キャリア自体からハンドルを延設させて第二ハンドルとすることもできる。